ばあちゃんの家

昨日は、お休み。

気温も温かく、風は強すぎるけど、こんな日はたくさん洗濯物が乾く。

なんだかばあちゃんのところに行きたくなり、家事が終わったのはお昼だったけど出かけることに。

去年から入院中の祖母。

先月、妹を同じ病院で見送っていた。
そのおばさんには、小さい頃、とてもよくしてもらっていた。
いつもいつも、ケタケタと高い声で笑う、目じりにしわがある明るいおばさんだった。

年を老いてからのさみしさって色々あると思う。

でも、
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これも寂しさのひとつ。

ばあちゃんの家がなくなった。

本人は、孫の私にはからりと言うがどんな寂しい思いをしただろうかと考えるだけで苦しくなる。

ここ3年くらいの間、冬近くになると心不全を起こし入院。
夏になって退院を繰り返していた。

若くして旦那さんを亡くし、大家族を支えてきた。
そのがんばりがあるから、どんなこともやってこれたのだと思う。

少し体を休めてもいいんだよ、と言ったこともあったけど、本人が良いのだからいいんだ。

毎月か2カ月に1回は、ほんの少しの時間でも、娘を連れて遊びにいっていた。

ばあちゃんの一番好きなかぼちゃの味噌汁といって出してくれた味にもうあえないかと思うと何とも寂しく。むいてくれたリンゴ・・・
そうだ、先月亡くなったおばさんは、去年の夏、自転車でとうきびを持ってきてくれたんだ。

人は、思いを感じる。
その思いは、とても大切で、目に見えないけど言葉では言い表せないくらいの価値。

おばちゃんやおじちゃんが家の片づけとかしてくれたらしく。

孫の私ができることは、かなり限られているかもしれないけど、それでも、会うたび、足の爪は切ってくる。これは、私しかできないことだと思っている。
足の爪を切っていて、なんだか涙が出そうになったけど、こらえた。

ばあちゃんの思いが私のところに通じたから、私が出向いたんだろうなぁ。


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カテゴリ:日記

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